〜いつになったら電子書籍の恩恵を得られるのか?
Vol. 402 2010/09/02
堀越 正男
●タブレット端末の現状に満足しているのか
第3四半期(4〜6月)のiPadの販売台数は327万台だそうだ。そのうち日本では何台くらい売れたのだろうか?
発売当時の騒ぎは収まり、落ち着いているような気がするのだが実際はどうなのだろうか?もちろんiPad自体はまだ品薄らしい。私が「落ち着いている」と感じるのは販売台数の話ではなく、ユーザの気持ちの話なのだ。
競合となりそうなAndroidタブレットも出まわり始めたが、これはまた一部のマニア以外では特別話題になっていない。話題のタブレット端末に飛びついて購入してみたものの、実際に使ってみるとそれほど使いやすものではなかった、というところなのではないだろうか?個人差があろうが、少なくとも当社では、外部持ち出し用PCの棚の中に入れられて何日も放置。起動されないままの日が多い。
●電子書籍はいつ波をおこすのだろうか
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| アマゾンkindleストア |
2009年後半から2010年前半にあったもう一つの波が「電子書籍」だ。こちらも同様、酷く冷めていないだろうか。
前者と後者は密接な関係がある。手軽な価格で購入できる電子書籍リーダーもある、iPadという新しい端末もある、それなのに「日本語」で読めるコンテンツが圧倒的に不足しているのだ。
米アマゾンは2010年7月19日、Amazon.comでの電子書籍リーダー「kindle(キンドル)」形式の書籍の販売数が、ハードカバーの書籍を上回ったと発表している。
Amazon.comが取り扱っている電子書籍は「63万冊」以上だそうだ。もちろん、新刊も積極的に電子化されている。むしろ、ベストセラーの90%以上が電子化されて売られているのだ。
ところが、日本では、ときおり出版される電子書籍の新刊のニュースがぽつりぽつりと出ては消えている状態だ。一気に電子化されて安価に提供されなくては波はおこりようがない。これでは、せっかくのタブレットも宝の持ち腐れというものだ。読むコンテンツのないタブレット端末は、中途半端な重さの、決して使いやすいとはいえないインターフェイスの、シングルタスクのノートPCでしかない。
●青空文庫で電子書籍ライフは楽しめるのか
日本語の電子書籍が発売されないには、日本語表示の問題はもちろん、フォーマットの問題、既存の出版ルートの問題等々、いろいろな理由がある。既存ビジネス形態とのからみもあるので、一概にどうしたら良いかとの判定は難しいだろう。
それらの分析は他の方に任せておくとして、スマートフォンもタブレットもひっくるめてこれだけの数が流通しているのだから、なにかしら日本語用読書端末として利用できないものかと考えてみても、せいぜい『青空文庫』が考えつく程度だ。
日本語の電子書籍でもっとも量が多く楽しめるのが『青空文庫
』だ。
青空文庫には、作者の死後50年を経て著作権の消滅した作品と、著作権者が「タダで読んでもらってかまわない」と判断した作品がおさめられている。つまり無料だ。読むのが無料なだけではない。独自のフォーマットで圧縮して電子書籍として販売することすら可能なのだ。
「青空文庫形式」と呼ばれる、青空文庫に収録する際に従わなければならない書式があるだけなので、純粋なテキストファイルとしてもXHTMLとしてでも、ビューアー次第で多くの環境で読む事ができるように規格化されているのがうれしい。主流の二つの電子書籍リーダーである、kindleとiPadで読むことができる。
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| 青空文庫 |
『青空キンドル
』を使えば、青空文庫のテキストを、Kindleで読めるようなPDFに変換してくれる。
iPad用としては、『i文庫HD』がシェアウェアとして提供されている。iPhone用の青空文庫リーダー『i文庫』を、iPad向けに機能拡張して移植したソフトだ。青空文庫の組版タグを認識する機能を備えており、日本語の電子書籍を縦書きで表示できる。もちろん見出しや振り仮名、挿絵なども表示可能で、電子ブックらしく拡大表示機能や全文検索機能も実装している、なかなかのすぐれものだ。
とはいっても、著作権切れの旧作を読む程度では物足りない。せっかくの最先端のスマートフォンやタブレットだ、新作の読書用に使えないだろうか、と考えた人たちが実践しているのが、いわゆる「自炊」行為なのだ。
●実際に自炊をしてみると
電子書籍のフォーマットは数あれど、世界的に最もシェアを持っているのが「ePub(イーパブ)」形式だ。
しかも、PDFからePubに変換してくれるソフトも何種類かそろっている。では、購入した新刊本をPDF化してePubに変換して手持ちのリーダーなりスマートフォンに入れてやれば、重い書物を持ち歩く必要はなく、電子書籍の恩恵にあずかれるではないかと考える人が出てくるのは当然のことだ。
プリンタ・スキャナの普及がこれに拍車をかける。製本をバラしてスキャンしてPDFで保存する。それをePubに変換してやればいいのだ。
といっても、しっかり製本されている本をきれいに分解するのは簡単ではない。スキャンの手間も惜しい、ということならばスキャンしてPDF化してくれる業者もある。しかも一冊200ページ換算でたった100円程度なのだ。
いいことづくめだが、スキャンの代行サービスを使うには著作権法に注意が必要だ。著作権法30条では、私的使用目的複製について、使用者自身が複製を行なうことが要件とされているからだ。
そこが、「自炊」の自炊たる所以なのだ。現行法上では、最初から最後まで自分の手でやることが望ましいだろう。手頃な裁断機も発売されている。ヘビーユーザならば手が届かない価格でもない。
それなりに苦労はしたものの、やっとPDFファイル化して読みたい本が手に入った。では、ePubに変換しよう。とりえずePubにしておけば、AppleもGoogleもSonyも対応してくれている。
変換ソフトも有料無料を併せて何種類も用意されているが、とりえず試してみたのは『Calibre』と『ChainLP』。どちらも使いやすくはないが、それなりに役にたつ。
●ユーザーは自炊を求めているのか
興味があればぜひお試しください…といいたいところだが、この自炊生活、なんとも本末転倒ではないのか。電子書籍のメリットは、軽い電子ブックリーダーに重いハードカバー本を100冊1000冊入れて持ち歩くことではないだろう。電子書籍のメリットは、その場で使える辞書、必要なページを抽出する検索機能、気になる箇所のブックマークやマーキング、コメントの書き込み、その他ソーシャル的使い方等々いくつもある。基本的にそれらは自炊書籍では望めない機能なのだ。・・・・・・・・。
では、なぜ我々はこれほど手間を掛けて半端な電子書籍化をして苦労しているのだろうか?なぜ、日本では読みたい本がデジタル化されていないのだろうか?
何らかの思惑を持った電子書籍団体が次々と立ちあげられる。さまざまな業種業態から新しい「日本語」電子書籍のフォーマットが提案される。私たちはまた、ガラパゴス化を体験することになってしまうのだろうか?